私の父も生き物が好きで、いつも何らかの形で生き物が傍にいました。
けど、絶対に犬は飼ってくれなかったのです。
子どもの頃から犬が欲しくて欲しくてたまらなかった私には疑問でならなかった。



そんな父の口癖は・・
「お父さんも昔は柴犬を飼っていた。」
「とっても賢くて、遠くの足音なのか、臭いなのかで線路まで迎えに来てくれたんだよ。」
「でもね。動物はいづれ死が訪れる。」
「その悲しみがとても深くてね。」
「犬を飼うのは嫌なんだよ。」



心臓を持っている生き物すべてに対し責任をもって飼う。
これは当たり前のことだけど、父にとって犬に対しての責任は
とても大きなものだったのかもしれない。
無責任に飼うことが許されない存在。
家族と同じ・・それ以上に大切な存在だったのかもしれない。

このブログを書きながら思い出したことがあります。
歴代の小動物や魚たちが亡くなったとき、必ず父と空き地や庭に
埋めに行ってました。
ハムスターがなくなったときは、悲しみに暮れ学校を休んでまで
泣き続けた記憶があります。

命あるものが、この世の中から去る悲しみ。
命の重さを感じます。



その命とどう向き合っていくか、私の課題でもあります。







【歴代の生き物たちのご紹介】


・文鳥やインコ、鶏などの鳥類(最大50匹位)


文鳥は籠の中で飼っていたのですが、増やしていたのか?勝手に増えたのか?
記憶にないのですが、最大50匹ほどいましたね。
正しい飼い方なのか分かりませんが、ベランダ飼育でベランダが
鳥籠で埋め尽くされていました(笑)


手乗りインコが流行り、妹とおねだりをして(2羽)買ってもらいました。
インコは家の中の籠と部屋の中を私たちに触られまくり遊ばれていましたね。


鶏(2羽)はひよこから買ってきて育て、毎朝鳴き声と共に卵を産み
私たちに恵みを与えてくれてました。
鶏は可愛いというよりは、餌のキャベツのみじん切りの匂いの印象が強く、当時はキャベツは
人間が食べるものではない!と思い込んでましたね(笑)
でも、ある日鳴き声が煩いと苦情が入り、父が泣く泣く農家に引き取ってもらいに行ったそうです。



・ハムスター(小動物)

ハムスターは妹と1匹ずつ与えてもらっていて、自分の部屋での飼育管理でした。
可愛い可愛いで遊んでいるのですが、やはり子どもなんですね。管理がずさんで脱走されて
部屋中を探している印象が強く残っています。



・猫(シャム猫)

この猫がは凄かった。当時、団地の四階に住んでいたのですが
四階の窓からジャンプで脱走しては逃げ回る。そして探し回る。家の中を暴走しては浴槽に落ちる。
今思うとストレス行動だったのかもしれません。
猫は猫なりの生き方をもっと考えてあげなくてはいけなかったのですね。
知識なく飼うと動物は被害にあいます。
四階から飛び降りるって普通ではないですよね。





そして動物を飼ったのは猫が最後。
引越しをし、そこからは家で飼うというよりは野良猫が家に遊びに来るというスタイルに変わりました。
家の庭先で子どもを産んで、育ててというサイクルを見守り続けました。
ただ、その頃は家の庭先に住んでいただけで世話等をした記憶はないんですね。
きっと、餌はどこかでもらっていたんだと思います。





が・・
ある日の朝食時、玄関だったか窓をあけっぱなしにしていたら
サザエさんの中の世界のように猫が家の中に入ってきて、あじの開きを咥えて逃げて行ったときは
かなり笑いましたね(笑)
猫も生きるために必死だったんだなーと家族で大笑い(笑)


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